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ブルガリメンズネックレス編集

 平田と入れかわりにバスルームに入って、規子は浴槽の湯を出した。浴槽の前に立ったままで、六本木のスタンドバーでの香水の話を、規子は思い出していた。かすかな不安が胸に生まれていた。香水は作られたもうひとつの体臭なのだ。しかし、平田が規子のマフラーに嗅いだ匂いには、ミツコの香りはまじっていない。湯から上がってベッドに入れば、いずれ平田は規子の肌の匂いを嗅ぐことになる。そのとき彼は、その夜のデイトに規子が、贈り物のミツコをつけずに来ていたことに気づくのではないだろうか——規子の胸をよぎった不安というのはそういうものだった。  平田は居間の小さな食卓の前に坐っていた。もうすこしだけ飲みたいという平田の前に、規子はアイスペールや水さしなどをのせたトレイを運んだ。平田が規子の腕をやわらかく取って椅子から立ちあがった。平田の両手が規子の肩を抱き寄せた。唇が重ねられた。規子は平田の背中に腕を回した。乳房に圧迫が来て、規子は体の奥に甘く波立つものを覚えた。唇を離すと、平田は規子の髪に鼻を埋め、そのまま鼻先をすべらせて、首すじに顔をすりつけてきた。 「ごめんなさい、平田さん。あたしミツコをつけていないんです。あなたに嘘をついていたの」  規子は妙に追いつめられた気持にかられて、平田にしがみついた恰好のままで言った。 「わかってた。だってマフラーの匂いを嗅いだときに、香水の香りがなかったから。あなたが香水が嫌いだってことが、スタンドバーでの話でわかって、ぼくは二度もマフラーの匂いを嗅いだりしたことを後悔してたんだ。あんなことをしなきゃ、あなたに嘘をつかせることにもなっていなかったと思ってる」 「ミツコの香りは好きなの。それは嘘じゃないわ。ただ、その香りを自分の体につけるのが好きじゃないの」 「それでいい、香水なんか使わなくても、あなたはとってもいい匂いがするもの。髪だって肌だって……」  そう言って平田は規子の首すじの匂いを、胸いっぱいに吸った。規子は、坂井とのことをいますぐに平田に打明けてしまいたい衝動を抑えた。  いつかはその打明け話を平田に聞かせることになるだろう、と規子は思った。そう思っただけで、気持がいくらか楽になるのを覚えた。そしてその時が来て、平田に坂井とのことを話してしまえば、はじめて自分は八年前の心の傷から完全に解放されるにちがいない、と規子は思った。いまはまだそのときではないと——。  媚《び》 薬《やく》  信号は赤になっていた。  足を止めた片柳《かたやなぎ》の腕に、阿佐美《あさみ》が手をかけてきた。片柳はコートのポケットに手を突っ込んだまま、腕で阿佐美の手を軽くはさみつけるようにした。 「そこはクラブなの?」 「そうだよ」
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