ソフィア コッポラ 日本
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null(利隆は?)  庄九郎、日護上人の眼をみている。ひどく柔和な眼だ。 「左様な十徳をそなえた人物がいようはずがないとはじめはまじめにはとりあわなかったが、だんだんわかってくると、かたちをあらため、ぜひ、殿に推挙したい、いま土岐家にほしいのはそういう人物である、と膝《ひざ》をのりだしてきた」 「いやこれははずかしい」  庄九郎は、事実、恥じらいの色をうかべながら、 「わしは買いかぶられた。おぬしの言葉で、この松波庄九郎の像をうつくしく飾ってくれたのであろう」 「なんの」  日護上人は手をふった。 「天下でもとの法蓮房、いまの松波庄九郎を理解することわしの右に出る者はない。言葉を飾らずとも伝えられるわ。それで、兄に会うてくれるか」 「拝謁《はいえつ》するとも」 「きょうは、めずらしい異人がくる」  と加納の城館の奥で、長井利隆が侍臣にいったのは、その翌朝である。  この長井家というのは、美濃の守護大名の土岐家の直臣《じきしん》ではない。土岐家の家老斎藤氏の家老である。  しかし、諸制度がゆるみ、実力本位の下剋《げこく》上《じょう》の世の中だから、実力者の長井家が、滅んだも同然の斎藤家をとびこえて、直接、土岐家の世話をやいていた。  このあたり、別に武力沙汰《ざた》、権力沙汰でこうなっているのではなく、斎藤・長井両氏は姓こそちがえ、一族だったし、主家の土岐家とも百年余にわたって血の交流があるから、いわば親類同士のうちわ《・・・》のことだ。  実力、才智のあるおじさんが、つい同族の宗家の世話を焼かざるをえないのと似ており、後世考えるような越権沙汰ではない。  ところが、美濃土岐家というのは、当主政《まさ》頼《より》のときに、血の出るような相続あらそいがあったのである。